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(T川) 軍艦島

先日、長崎へ観光に行って参りました。

今回から度々、長崎名所についてご紹介したいと思います。

今日ご紹介するのは、前回予告しておりました、軍艦島です。

事前に旅行会社から

「船で島へ渡りますので、波が高いといくことができません。
特に冬は船を出すことが難しいことが多いです。」

と、脅されていました。

しかし、なんと運が良いこと。

波は穏やか。お天気はちょっと曇り気味。いざ、出航!

2013-02-17-01.jpg

この曇天が軍艦島の雰囲気を引き立てています。


ここで! 軍艦島について マメ知識。

軍艦島(本名:端島)は本来は、現在の3分の1ほどの面積しかない小さな島でした。

6回の埋め立て工事によって拡張したものが、現在の端島。

その大きさは南北に約480m、東西に約160mで、南北に細長く、島全体が護岸堤防で

覆われています。

石炭で栄えた軍艦島ですが、1960年以降は、石油への移行により衰退。

1974年(昭和49年)1月15日に閉山しました。その直後、無人島になりました。


日本初の7階建鉄筋コンクリート造マンション。

2013-02-17-02.jpg


主に単身者用社宅。建物の真ん中が吹き抜けになっています。お洒落ですね。

7階建鉄筋コンクリート造の小中学校(一番左の白い建物)

2013-02-17-03.jpg

高層建物がぎっしり立ち並んでいる島。住人は皆、日当たりの悪い高層マンションに

住んでいます。

そんな中、学校にいる時間だけは、子供たちにお陽さんをたくさん浴びてもらえるようにと、

小中学校棟の窓は大きく採っています。

運動場もちゃんとありました。

子供たちの為のプール。

2013-02-17-04.jpg

真水が貴重だった軍艦島での生活。

海水が使われることが多かったそうです。

それなら、海で遊んだほうがいいやと、子供たちは海に飛び込んで遊んでいました。

ここは何でも揃う、本土よりも豊かな生活が送られていました。

デパート、病院、警察所、郵便局、パチンコ屋

「この島に無いものは無い」

と言われていました。

軍事産業の一環として、石炭を24時間休み無く掘り出すため、3交代制で働いていました。

炭鉱という劣悪な労働環境の中、病気になる方も多かったようです。

住民達が島から逃げ出さないよう、国の政策により、生活必需品、娯楽、全ての環境を

整え、世界でも例を見ない島が完成されていきました。

こんな小さな島で、5000人もの人が生活していました。

厳しい環境ではありますが、皆それなりに楽しんで暮らしていたのでしょう。

廃墟ブームでよく取り上げられる軍艦島ですが、「お国の為」にと作り上げられた、

深い歴史があることも、皆さんに知って頂きたいです。

興味のある方、ぜひこの島を訪ねてみて下さい。
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兵庫確認農業部

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田舎の子供達でさえも今では田や畑を手伝うことも少なくなった。
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